人生とは、綺麗な色をしたお菓子と一緒です。
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どうやってそれが出来あがったので、わからないものもある。
桐生くんは、まだ何も言ってくれませんでした。でも彼の気持ちと行動が私の声を止めて、私の心の中の悪魔をまた海の底に沈めてくれたのです。
鍵が、外れる音がしました。それから、丸いドアノブがゆっくりと回るのが、はっきりと見えました。
部屋の中の窓が開いていたからでしょうか、顔に強い風が吹きつけて前髪が舞いあがり、私は思わず目を瞑ってしまいました。
次に目を開けた時、私の目の前には桐生くんがいて、彼の後ろ、部屋の中では吹いた風によってたくさんの紙達が踊っていました。少し顔が伸びたかしら。桐生くんの顔を見た私がそう思っていると、部屋の中で踊っていた紙が一枚、飛んできて私の顔を覆いました。
息が出来なくて、慌てて顔からひっぺがしたそれを見て、きっと私は、アバズレさんに負けないくらいの笑顔を浮かべていたことでしょう。
でもそんな私とはうちに、ドアを開けた桐生くんは、ドアのところでうずくまってとても悲しそうな顔をしていました。ひょっとすると、目も少し濡れていたかもしれません。
私は再会を喜ぶ間もなく、聞きました。「どうしたの?」
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すると、桐生くんはどうして今そんなことを言うのか、よくわからないことを言いました。
「ごめん、なさい」
最近、私はよく誰かに謝られます。本当に謝ってほしい人達は一人も謝ってくれないのに。
「どうして謝るの?」
前に大嫌いって言ったことかしら。それなら、気にしてないっていうのは嘘だけど、私もいくじなしてって言ったもの。おあいこです。
桐生くんは、私の目をじっと見ていました。
「ぼ、僕の。。。」
「桐生くんの?」
「桐生くんの?」
「僕のせいで、小柳さんが無視されてるんでしょ?」
「そうじゃないわよ」
私はすぐに首を振りました。
桐生くんのしなんかじゃないわ。クラスの子達が馬鹿すぎるの、何が正しいかも分からないんだから」
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「でも、本当なんだ」
桐生くんは、私のめをじっと見ながら、涙を流しました。これも、最近よくあることです。
「何が?」
「僕の、お父さん、泥棒を慕ってこと。。。」
「。。。」
ええ、知っていました。桐生くんが言ったこと。
それでも、私は首を横に振ります。桐生くんにとって、それがどれだけ、どれだけ悲しいことだったのか。私は想像します。私は精一杯伸ばした想像の腕が届いているのかも分からないし、届いていないとして、あとどれだけ伸ばせば届くのかも、全然わかりません。だけどそれでも私は、堂々と首を横に振るのです。
「だったして、それが、なんのよ」
私は、桐生くんを薄くつもりで彼の目を見ます。彼は間違っているから。
「桐生くんのお父さんがいけないことをしたからって、桐生くんのお父さんが私に優しく挨拶をしてくれたことは、変わらないわ。毎日会うはずのうちのクラスの子達よりずっとね。ましてや、そのことは私が無視されていることの理由でも、私が学校に行かないことの理由でもないの。もちろん、桐生くんが悪く言われる理由にもならない。だって私達は、桐生くんのお父さんを真ん中に狭んで話しているんじゃないもの」
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そう、これまでに起こった全ての悪いこと、桐生くんは一つも悪くない。
「悪いのは、それを話からに人達よ。うちのクラスの子達だけじゃない。私が学校に行かないのは、その人達のせい」
だから、桐生くんが悲しんだり泣いたりする必要はどこにもないのよ。そういうつもりで言ったのに、やっぱり、人生とはコーヒーカップに乗った彼見たいなもので、自分が行きたい方向とは逆の方に歩いてしまうこともある見たいでした。
桐生くんは、泣くのをやめてくれるどころか、ポロポロと涙をこぼしてしまったのです。これはきっと、私の言葉のせいです。だけれど、私の言葉のどこが桐生くんを悲しませでしまったのか、私にはわかりませんでした。
分からなカッタから、彼にどんな言葉をかければ悲しくなくなってくれるのかもわかりませんでした。だから、よじよじと桐生くんに近づいて、私は彼が床についていた手に手重ねたのです。アバズレさんが私にそうしてくれた時、心が静かになっていくのを感じたから。
桐生くんは驚いた顔をしました。でも、すぐにあの時の私みたいに、彼は私の手をぎっと握ってくれました。
238(6:22)
私は桐生くんが泣き止むまで、ずっと静かに彼の手を握っておくつもりでした。だけど、そうすることは出来ませんでした。桐生くんは泣いたままでした。泣いたまま、私が想像もしていなかったことを、言いました。
「小柳さん。。。一緒に。。。学校に、行こう?」
「はあ?」
いくら何でもしつこすぎる桐生くんの提案に、ついつい呆れ切った声を出してしまいました。目の前の桐生くんがビクッとしたのを見て、あらいけないわ、と呆れた顔を引き込めたのも束の間、私は気がづきました。
「今、一緒にって言ったの?」
「。。。。うん」
ぎゅうっと桐生に握れて、少し手が痛かったのですが、私は驚いてそんな痛さはどこかに忘れてしまいました。
「どう、して?」
私の心からの質問に、桐生くんは唇をぐにぐにと動かします。きっと、自分の心にぴったりと合った言葉を頭の中から探しているのでしょう。私にはそれが分かって、だから彼の言葉をいつまででも持つことが出来ました。
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「嘘を。。。ついたんだ」
やがて彼は言いました。
「嘘をついちゃった、んだ。また、から変われるかもしれないのが、怖くて。ひとみ先生に、嘘を。だから、そのことを謝って、本当のことを言いたい」
涙は止めっていませんでした。なのに、私はこの時ほど強い桐生くんの目を見たことがありませんでした。私は、桐生くんがそんなにも勇気を詰め込んだ目を出来るって知らなくて、だからその理由が早く知れたくて仕事がありませんでした。
「本当のことって、何?」
「。。。幸せって何か」
途端、私の頭に一つの場面が浮かびました。声も、光景も、鮮明に。それは、桐生くんが何かを言っている場面ではなく、私が桐生くんだけに聞こえるように話しかけた場面。あの授業参観の日、たった一言。いくじなしっ。
やっぱり嘘だったのね。それが分かっても、私の心には悲しさも呆れもありませんでした。
「他の人は、どうでもいい。でも、ひとみ先生と、それから、小柳さんには」
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私は、嬉しかった。
「そうね。。。それにひとみ先生に謝らなきゃいけないことはもう一つあると思うわ」
「。。。え?」
「ひとみ繊維、桐生くんに会いに行ったのに会えなかったって、悲しんでした。そうして、これは私のミスでもあるけれど、ひとみ先生が伝えてって言ってた。先生は桐生くんのことをいつでも持ってるって」
前に来た時はすぐに帰っちゃったから、伝えるのを忘れていたこと。伝えると、桐生くんはまたぽろぽろと泣いてしまいました。それでも、もう彼の目の輝きが涙なんかに負けることは、なかったのです。
「。。。ひとみ先生に会いたい」
それは、私も同じでした。
「でも、いいの?」
「。。。」
「学校には、桐生くんをからかったりする、馬鹿な子達がいるのわ」
それに私を無視したりするような」
前までなら、私は桐生くんが彼らと喧嘩さえしてくれればいいと思っていました。でも、桐生くんの戦い方はそうじゃないのかも知れないとアバズレさんに教えられました。そしてさっき、私はそのことを自分の目でも確かめたのです。
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桐生くんは、私の言葉に少しだけ肩を震わしました。だけれど彼は、その後でしっかりと私の目を見て、自分の肩にふりかかってきた悪魔のローブを、自らの力でひきはがしました。
「すごく、嫌だけど、でも、大丈夫な、気がする」
「。。。」
「小柳さんが味方でいてくれるなら、からかわれても、馬鹿にされても」
「。。。。」
私も、どうしてかわかりません。どうしてかは全然わからなかったのですが、私はその時、ほっとしたという理由で泣いてしまいそうになりました。人は悲しい時に泣くものなのに。私は、ようやく、あの時の桐生くんの大嫌いが嘘だったと分かって、ほっとして泣いてしまいそうになったのです。
でも、涙は流しませんでした。だって、悲しくないのになくなんて変だもの。代わりに、私は桐生くんの目を見てしっかと頷いたのです。
「ええ、私、桐生くんの敵だったことなんて一度だってないわ」
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桐生くんは、また二粒、涙を流しました。不思議でした。桐生くんの涙の理由は、変な気がしたのです。桐生くんは私の手をまだぎゅうっと握って、言いました」
「。。。小柳さんも、学校に行った方がいいと思うんだ」
「それは、どうして?
今日、彼が何度も私に登校を進める理由を、やっと聞くことが出来ました。
「小柳さんは、僕と違って、勉強も出来るし、賢いし、強いし、きっと、将来凄い人になると思うんだ。。。だから。僕みたいに学校を休んだじゃダメだと思う」
褒められると、私は嬉しくなります。でも、褒められたことよりも、もっと嬉しいことを桐生くんは言ってくれました。
「だから、一緒に、学校に行こう。。。僕も、小柳さんの味方だから。。。」
ああ。ああもう、この時の気持ちを、私はこれからどれだけ時間が経ったって、きっと正しく言葉にすることは出来ないのです。
私が南さんと同い年になっても、アバズレさんと同い年になっても、おばあちゃんと同い年になっても、きっときっときっと、この時、私の心に拡がったものの匂いや味や名前を当たることなんて出来ないのです。
黒は一つの染みも作らずに、だけれど一面が白いわけでもなく、この世界にこんなものがこれまでにあったのかどうかもわからない、もしかすることの時新しくことの世界にその色は生まれたんじゃないかと思うほどの、そんな素敵な色が私の心に塗られたのです。
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この色が何色なのか、説明できない私は、やっぱりいつもの通りにしか言えません。人生とは、私の味方みたいなものなのです。
「光だけあれば、まあ十分」
「。。。。え?」
「いえ、いいわ。桐生くんがそこまでいうんだったら、私、学校に言ってあげてもいいわよ。桐生くんが、味方でいてくれるんでしょ」
桐生くんはまだ少し泣いていました。その顔を見るのは、嬉しいものです。だから私も、笑いました。嬉しくて、そしたら桐生くんも笑ってくれました。
「そうと決まったら、早く準備しなさい!私達、今、大遅刻よ」
「う、うん!」
涙を乱暴に袖で拭いた桐生くん桐生は慌てて立ち上がり、自分の部屋のドアを閉めました。きっと、パジャマのままだったから着替えるのでしょう。
残された私も、立ち上がって桐生くんの準備が出来たらすぐにでも出発出来るようにておきます。大人しく待っていようそう思ったのですが、桐生くんのお母さんに学校に行くことを’伝えておこうと思いました。もしかしたら学校に電話してくれて、私達は遅刻じゃなくなるかも知れません。
244(17:28)
ドアの奥の桐生くんに声をかけてから、私は廊下を歩いて一階に下りる階段に向かいました。と、私は階段に続く廊下の角を曲がったところで、可愛くない悲鳴をあげてしまいました。
「ぎゃっ」
驚いて、私はその場で尻もちをついたのです。目の前には、桐生くんのお母さんがいました。桐生くんのお母さんは、隠れる見たいに階段の前でしゃがんで、泣いていました。
最近、皆泣いてばっかりね、流行っているのかしら。それともあくびみたいにうつっちゃうの?私がそう思っていると、尻もちをついた私の、さっきまで桐生くんの手をを握ってた手を、今度は桐生くんのお母さんの手を握りました。
「小柳さん、ありがとう」
もしかすると、桐生くんのお母さんも桐生くんが部屋から出てくれるのを見るのは久しぶりなのかも知れないと思いました。だから、私は素直に「ええ」と言ったのですが、桐生くんのお母さんは変なことを言いました。「本当なら、私が言ってあげなきゃいけなかった]
245(18:52)
どういう意味なんだろう。それを考えていると、桐生くんの部屋のドアが開く音がしました。そっちを見ると、桐生くんはいつもよく見る服でランドセルを背負っていました。準備は万端ね、そう思って私が立ち上がると桐生くんのお母さんは先に階段を下りていってしまいました。
私は桐生くんのお母さんほどせっかちではないので、桐生くんを階段のところで持ちました。もちろんその間に、さっき尻もちをついた時、まだ手に持っていることに気がついたノートをランドセルにしまうことも忘れません。
それと、
「それ。。。」
私が右手に持っていたノートじゃないものを見ていると、私に追いついてきた桐生くんもそれに気がつきました。私は、彼に今の素直な気持ちを伝えます。
「これ、ちょうだい」
断れてしまうかも。いえ、いつもの桐生くんならきっと断るすら思いました。でも、桐生くんは少し恥ずかしそうな顔をして、それから頷いてくれたのです。
私は嬉しかったのですが、どうして桐生くんがそれをくれたのかわかりませんでした。でも、いいのです。桐生くんがくれたそれを、私は自分の部屋に飾ることに決めました。
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「さあ、いきましょうか」
「うん」
桐生くんの目の中は、まだ消えていませんでした。