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時間はぐんぐんと進んでいくだけで全然戻ってくれたりはしないみたいです。どんなに必要だと思っても、どんなにお願いしても、戻ってきてはくれない見たいでした。南さんやアバズレさんが言っていたのだから、疑っていたわけじゃないけど、でも自分の体が体験してみると、やっぱり本当なんだなと確かめることが出来ます。
問題の答えはまだ出ないのに、発表の日は、ついに明日になってしまいました。
今日まで、桐生くんともひとみ先生とも幸せについてたくさんたくさん喋りました。
だけど、私の頭の中にある答えのジグソーパズルを完成させるtこはまだできていませんでした。桐生くんは幸せについての話をするとなんだかいつも照れていますが、やっり絵についてのことを発表すると決めた見たいでした。
小柳さんは?桐生くんからの質問に私はまだ答えを用意することが出来ませんでした。「人の顔を描く時には、ね。丸を描いてそれを縦に半分に割ったちょうど真ん中に目が来るようにするんだ」というびっくりするようなアドバイスを桐生くんから貰って、その代わりに、「オセロは出来るだけ四隅を取ったほうがいいわ。だってどこからも狭めないでしょ?」という桐生くんをびっくりさせるアドバしうをあげてから、私と尻尾のちぎれた彼女はいつものようにおばあちゃんの家に聞きました。
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彼女はいつものようにおばあちゃんの家行きました。
もしかしたら、今日はもうおばあちゃんの家に行かなくてもいいかもしれない。少しだけそう思っていたのですが、やっぱり私はおばあちゃんの家に行くことを選びました。
どうして私がいつも言っているおばあちゃんの家に行かなくてもいいかもしれないと思ったのかというと、ここ一週間ほど、私はおばあちゃんと一度もお話しが出来ていないからです。最近、よく寝ていたおばあちゃんでしたが、特にこの一週間では、おばあちゃんはいつも寝ていて、私が言っても起きることなんてなく、ずっとベッドの上で静かな寝息を立てるばかりでした。もしかすると寝ていてご飯を食べることを忘れていたのかもしれません。おばあちゃんは少しやせたように見えました。
だから今日もおばあちゃんが気持ちよく寝ているなら私は桐生くんと幸せについて話し合っている方がいいかもしれないと少し考えたのです。でも、私はおばあちゃんの家に行くことを選びました。理由は、なんとなくではありません。最近のヒントを、長く長く生きたおばあちゃんから貰いたかったのです。黒い彼女も私がおばあちゃんの家に行くのに賛成してくれました。まあ、彼女の場合は桐生くんが苦手なだけなのんですが。
だから、私はおばあちゃんが起きていてくれればいいなと思って大きな木の家に行ったはずです。なのに、私は驚いてしまいました。いつもの通り小さな友達と家に上がって寝室に行った時、おばあちゃんがベッドの上、に起き上がっているのを見て思わず「わっ」と言ってしまいました。声を出した私にすぐに気がついたおばあちゃんは、私を見てにっこりと皺を深めました。
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「なっちゃん、ごめんね、お手紙をもらってたのに」
「ううん、全然いいの。それより、今日は眠くないの?」
「うん、大丈夫だ。たくさん寝たからね。それに」
おばあちゃんは、よくわからないことを言いました。きっと今日で最後だから、って。わからないことうぁ、訊きましょう。
「何が最後なの?」
「なっちゃんが、言ってたろ?明日がなっちゃんの宿題の発表日。だから、今日が最後の準備の時間だ」
「ええ、そうそうなのよ。だから私、おばあちゃんとおはんししたくて今日来たの」
私は言葉にまた笑ってくれたおばあちゃんは、やっぱりちょっと痩せたように見ました。
「ああ、おばあちゃんが話せることなら、なんでも」
「ダイエットの秘訣とかでも?」
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おばあちゃんの笑顔はいつも変わりません。優しく、静かで、柔らかい。アバズレさんとも、南さんも、もちろん私のとも違う大きな笑顔。きっと、幸せな人生を過ごすことが出来たから、そんな笑顔が出来ているんだと思いました。どうしたらそんな笑顔が出来るようになるのか、それが、今回の問題の最後の答えな気がしました。
「お願いがあるの、おばあちゃん」
「ん?なんだい?」
「おばあちゃんは、どんな人生を送ってきたのか、教えてほしいの」
私はおばあちゃんのベッドの端っこに座りました。私のベッドより柔らかいのによくに跳ね返るのが不思議で、お尻を何度もドリブルさせたくなりますが、真面目なお願いをしたのだから今は我慢します。
尻尾のちぎれた彼女も、きっとおばあちゃんのお話しを聞きた買ったのでしょう。しゃやかな小さな体を思い切りジャンプさせ、おばあちゃんの膝の上に乗って、金色の瞳を上に向けました。私の友達は、さすが魔法の女です。彼女の金色の瞳がおばあちゃんに音のことを思い出せたのかもしれません。おばあちゃんは、彼女の目を見たまま、お話をしてくれました。
だけど、それは私の聞きたかったお話とは、少し違っていました。
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「私は、子供から大人になって、そしておばあちゃんになって、好きなことをして、好きな人達と一緒に、人生を過ごしてきたよ」
「。。それって、普通のことじゃない?」
私は少し拍子抜けをしてしまいました。
「ああ、普通の人生。私はそんな普通に幸せな人生を送ることが出来た」
おばあちゃんの声にすら、幸せが話待っている。そんな風に聞こえました。
「もしかしたら、私にだってあったかもしれない。いや、きっとあったの」
「何が」
「友達が一人もいないってこと」
私には首を傾げるしか出来ませんでした。なのにおばあちゃんは私を褒めるみたいに頷いて、続けたのです。
「誰の味方にもなってあげられなかったかもしれない、誰も愛せなかったかもしれない、人を傷つけていたかもしれない。誰にも優しく出来なかったかもしれない。でも、私は出来た。大切な人の味方になってあげられた。友人や家族を、愛した。誰かを傷つけることはかもしれない、でも優しい人になろうと思ことが出来た。だから私の人生は幸せだった。もしかしたら、私にもあったかもしれない」
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おばあちゃんは私の目をじっと見ました。
「謝ることもできないで、大切な人を失って、一人ぽっちで自分を傷つけてしまうこと」
私は、南さんの目を思い出していました。
おばあちゃんは、ベッドの上に投げ出されていた私の手を握りました。
「自分が大嫌いで、自棄になって、あまつさえ人生を終わらそうと思ってしまうこと」
私はアバズレさんの手を思い出していました。
「でも、私はそうはしなかった。幸せだと思える人生を歩いてこられた。そりゃあ、嫌なことなんて教えてればきりがないんだけど、でも、それよりもっと多く、教え切りない楽しいことや嬉しいことがある人生を歩いた」
「人生とは、道?」
おばあちゃんの言う「歩く」という言葉が気になって、私は訊きました。私は南さんやアバズレさんの言葉を思い出していたのです。時間は戻らない。だっから、人生とは、戻ることの出来ない道なのかもしれないと思いました。でも、おばあちゃんは首を横を振りました。
「いいや、人生は道なんかじゃないさ。だって人生には信号はないでしょう?」
おばちゃんの適当な冗談が面白くて、私やくるしと笑いました。だから私も冗談で返すことにします。
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「じゃあ人生は高速道路?」
「かもね」
初めて聞くおばあちゃんのそっけないそう相槌に、私はまた笑ってしまいます。
私の人生はね、なっちゃん、本当に幸せだったんだよ。なっちゃんは、今、幸せ?」
私は考えませんでした。
「ええ、幸せなことがたくさんあるわ」
お母さんとお父さんはちゃんと私のことを思ってくれている。夕ご飯には私の好きなものが出てくる。オセロを一緒にやってくれる友達がいる。学校に行けば味方になってくれる先生がいる。優しいおばあちゃんがいる。一緒に歌える小さな友達もいる。南さんアバズレさんにもきっとまた会える。嫌なこともあるけれど、そんなことより今の私には、幸せなことの方がずっと多いのです。
「なっちゃんはかしこいから、どうやってその幸せを待てたのか、分かってるはずだ」
「。。。。」
「私も、そうしてきた。なっちゃんの呼ぶ、アバズレさんや南さんも、きっとこれからはそうしていけるだろう。なっちゃんのおかげ」
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「。。。。」
「皆が選ぶんだよ」
洞窟の出口が、見えたようでした。
「幸せになるためだけに」
長く長くいた洞窟の出口の中、真っ暗な闇の中、そこから外に出た時に拡がる目を潰してまうかと思うほどのまばゆい光と、想像していたよりもずっと広大な風景。そこには数え切れないくらいの素敵な緑や風があって、そこには数え切れないほどの緑や幸福があって、この光に一歩踏み出すというそのことだけで、私の心は甘いものに満たされる。
私の心は、おばあちゃんの言葉で、一瞬にして空想の中に飛びました。空想だけど、嘘じゃありません。私の中の気づきが、そんなか風景を見せたのです。
「おばあちゃん、ありがとう」
私は心からのお礼をおばあちゃんに言いました。
「おばあちゃんに会いに来てよかったわ」
「答えが、見つ買ったのかい?」
「ええ」
不思議です。不思議なことはたくさんあるけれど、今もまた私は不思議の目の前にいました。
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私はおばあちゃんの寝室にいて、ベッドに座っていて、そこには尻尾のち裂た彼女とおばあちゃんがいて、さっきまでとこに世界は何も変わっていないはずなのに、私には、今この世界が、さっきまでとは違う輝き持って見えたのです。
私の世界の見え方が変わってしまったこと、おばちゃんは全部知っている見たいに私の頭を細い指で撫でてくれました。
「私の人生も、なっちゃんみたいに幸せに溢れていて、もう何も思い残すことはなかったのに。神様は最後にご褒美までくれた。こんなに幸せな人生はない」
「神様に何をもらったの?」
「なっちゃんに会わせてくれた」
私は、とてもとても嬉しくなりました。おばあちゃんの幸せの一つに私がなれたこと。私がおばあちゃんを幸せに出来ていること。そして、おばあちゃんの言葉が決して嘘ではないと、分かったことも。
「もう何も一ない。私のオセロの最後のマスには、なっちゃんっていう幸せが置かれた」
「人生とは、通じゃなくてオセロ?」
おばちゃんは、首を横に振りました。
「いいや、違うさ」
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そう言うと、気持ちのいい控え目に入ってくる光がそうさせたのかもしれません、おばあちゃんは、息に眠たそうにうつらうつらと首を揺らしました。私は、おばあちゃんの膝の上に乗っていた彼女を持ち上げて、おばあちゃんがベッドに横になれるようにしました。おばあちゃんはまぶたを薄く開けて小さな声で「ありがとう」と言い、ゆっくり横になりました。
「なっちゃん、窓を開けてくれるかい?」
おばあちゃんに言われ、私はベッドの向こう側にある窓に手を伸ばして一枚の窓を横にずらしました。開いた隙間から、クーラーとは違う、いい匂いの風が入り込んできます。
「他に何かしてほしいことはある?」
「いいや大丈夫だ。ありがとう」
「それじゃ、私は昼寝の邪魔をしないように帰るわね。おばあちゃん、本当にアリアがとう」
「いいんだ。なっちゃんの発表が上手くいきますように」
おばあちゃんの昼寝を出ていくこととにしました。
と、部屋のグラスを開けた時、私は後ろから名前を呼ばれました。もう一度、ベッドのそばに行くと、おばあちゃんは私に耳を貸すように言いました。
「最後に一つだけ、なっちゃんに伝えたいことがあるんだ」
「ええ」
「いいかい、人生とは」
おばあちゃんが真似した私の首癖は、全て冗談にもなんにもなっていなくて、どういう意味?と訊く必要がないものでした。でも、私の心はおばあちゃんの言葉で、上手な冗談を聞いた時よりもずっと満たされました。
今度こそ、おばあちゃんの寝室を出て静かな廊下を歩き、玄関で靴を履いて外に出ると、そこは私達がいつも来る草の生えた広場でした。でも、やっぱり私には来た時とはまるで違う光を持っているみたいに見えました。おばあちゃんのおかげです。明日も必ず、ここに来なくてはいけません。
「さ、帰って明日言うことをノートに書かなきゃ」
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私はおばあちゃんの家の入り口、短い木の階段を下りて草むらを踏みます。そうして、いつもみたいに歌うのです。
「しっあわーせはー、あーるーいーてこーないー」
「ナー」
彼女は、おばあちゃんの家に残ると言っていました。彼女が放課後、私の家の前以外で私と別れるのは、初めてのことでした。
「分かったわ。じゃ、また明日会いましょう。おばあちゃんに迷惑かけないようにね」
「ナー」
不思議な声でした。ありがとうと、さようならを合わせたみたいな。きっと人間には出さない彼女だけの声なのでしょう。
私は彼女の声が気になりましたが、彼女は悪女だから思わせぶりな声を持っているのねと思って、後ろに手を振り、丘を下りていく、坂道へと足を向けました。
私は振り返らせたのは、風です。
大きな大きな風が私の体を通り抜けていきました。私は、まるでその風に手を引っ振られるみたいに、おばあちゃんの家の方を向いてしまたのです。
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いえ、家のあった方を向いてしまったのです。
私は、びっくりとか、驚きとか、そういうものを通り越した不思議を受け止めた時、人は大きな声を出したりしないんだって、知りました。
私が風に引っ振られた先、そこには、緑色の原っぱが拡がっていました。草があって、花があって、生きている木があって。
それ以外には、何もありませんでした。
さっきまであったはずの木の家も、さっきまで話していた友達の姿も、もうそこにはなかったのです。
強い風は、それから一度も吹きませんでした。